会社経営者の事業承継について考えてみましょう(その12)
2022.1.4
17. 今回から、先代経営者から後継者に自社株式(議決権に制限のない非上場株式)を移転する場合に適用される贈与・
相続の納税猶予・免除に関する「事業承継のための新しい税制」(「特例措置」)を取り上げます。
【Ⅰ】「中小企業経営承継円滑化法」(「円滑化法」)の都道府県知事の認定について
1 非上場株式の移転に納税猶予・免除の「特例措置」の適用を受ける場合,その前提として,「円滑化法」の都道府県
知事の認定等、一定の要件を満たす必要があります。
- (1) 平成30(2018)年度改正による「新しい事業承継税制」(「特例措置」)の適用を受けるためには、平成30年
(2018年)4月1日から令和5年(2023年)3月31日までに、「特例承継計画」を都道府県知事に提出して認定を受け
る必要があります。この提出がないと「一般措置」の適用になります。
- (ア) 従来の事業承継税制に対し、「新しい事業承継税制」は「特例措置」を創設し、令和9年12月31日までの10年間
に限り、贈与税・相続税が100%猶予・免除され、また「雇用保持の要件」が緩和され、事業者にとって利用し易
くなりました。
- (イ) 従前の「一般措置」(贈与:100% 相続:80%の納付猶予)は、承継後5年間事業を継続できなければ承継時の株
価で贈与・相続税を納税する必要があったので、経営者は従前の事業承継税制に不安を感じていました。
- (ウ) しかし、「特例措置」では、経営状況の悪化や正当な理由があれば、相続(贈与)の税額等を再計算し、再計算
した税額と直前配当等の金額との合計額が、当初の納税猶予税額を下回る場合には、その差額が免除されることと
なりました。
- (2) 「特例措置」を受けるための手続は、①「特例承継計画」の作成・提出・確認、② 株式の贈与・相続、③ 認定申
請、④税務申告です。
- (ア)「特例承継計画」は、「認定経営革新等支援機関」の支援を受けて「特例承継計画」を策定・提出し、都道府県知
事の確認を受ける必要があります。
- (イ) その記載事項は、① 会社(特例認定を受ける事業者の名称等、資本金額等、常時使用する従業員数)、② 特例代
表者(保有株式の承継予定の代表者の氏名、代表権の有無)、③ 特例後継者(②から株式承継予定の後継者氏名
(最大3名まで))、④ 株式等を取得するまでの経営の計画(株式承継の予定時期、経営上の課題、当該課題への対
処方針など)、⑥ 特例後継者の株式等承継後5年間の経営計画、⑦ 認定経営革新等支援機関の名称(国から認定さ
れた公認会計士・税理士・弁護士の専門家や金融機関・商工会議所等)及び所見等です。
- (ウ) 変更があった時には「特例承継計画の変更確認申請書」を提出して、確認を受けることができます。
- (3) この適用には一定の条件というやや難しいハードルがあるので、適用を希望しない経営者もおられるかも知れませ
んが、新税制の概略を知っておくことは事業承継を考える上で大いに役に立つ筈です。
2 非上場株式(議決権に制限のない自社株式)の納税猶予・免除の「特例措置」の適用ついて、「贈与税猶予・免除」
と「相続税猶予・免除」の仕組みを見ておきます。
- (1) 「事業承継税制」の仕組みは、一定の要件を満たす間は、株式等の移転にかかる贈与税・相続税を猶予し、二代続
けて承継すると納税が免除されるものです。
- (ア) 後継者が先代経営者から贈与された時、株式等の贈与税の納税猶予を受けます。
- (イ) <その後、先代経営者が死亡すると>、猶予されていた受贈株式等の贈与税の納付が免除され、この時点で受贈
株式等の相続税の納付が猶予されるのです。
- a)その相続時に、受贈株式等は相続財産とみなされます。
- b)みなし相続財産は、他の相続財産に加算されて相続税額が算出され、そのうちのみなし相続財産分の税額が猶
予されます。
- (2) 次に、<相続税の納税猶予を受けた後継者(二代目)が三代目後継者に一括贈与を行った場合>は、三代目は贈与
税の猶予を受けられ、この時点で、二代目は上記の猶予された相続税が免除されることになります。
但し、この仕組みに従わず、贈与税の納税猶予中の二代目が、先代経営者の存命中に、三代目に一括贈与すること
はできません。
- (3) 「一定の要件」とは、概略、① 同族会社において、後継者が先代経営者から事業承継による自社株の一括贈与や相
続で取得し、② その後5年間経営を継続(同族会社の維持)し、③ 更に5年経過後も株式を保有し続けるなどと言
うものです。
- (ア) 上記要件を満たせば贈与税や相続税の納税猶予を受け、贈与者・後継者の死亡に伴いその者については最終的に
納税が免除されるのです。
- (イ) ただ、それが終着点ではなく、このように贈与税の猶予・免除、相続税の猶予・免除が繰り返されて行くので
す。
- (ウ) 事業承継の途中で株式の売却など、上記②・③の要件を満たさなくなり、同族支配がなくなると、納税猶予が打
ち切られ利子税を合わせて納税しなければならないので注意を要します。
- (エ) 事業承継税制において、後継者が非上場株式等を継続保有し、代表権を有していなければならない期間を「特例
経営承継期間」と言います。
- (4) 以上の通り、「贈与税猶予」と「相続税猶予」は、一旦適用すると後戻りできないので、目先の課税上のメリット
だけでなく、同族会社の後継者の人材確保やこの先の経営方針を熟慮し、制度活用による経済的得失等を慎重に検
討するのが大事です。
- (ア) 自社株の評価額が低く相続税額が高額にならず、会社の納税資金に問題がなく将来の会社経営に対する自由な判
断を確保したいときは、適用を控えるべきです。
- (イ) また、将来、会社を譲渡する可能性がある場合、また相続した自社株を「発行会社への譲渡」(金庫株)する場
合は、上記猶予制度を利用すべきではありません。
- (5) この適用に当たっては、専門家によくよく相談し、検討することが大事です。
次回は「新事業承継税制」の適用を受ける手続について説明します。
筆者紹介
弁護士 青木 幹治(青木幹治法律事務所) 元浦和公証センター公証人
- 経 歴
- 宮城県白石市の蔵王連峰の麓にて出生、現在は埼玉県蓮田に在住。 東京地検を中心に、北は北海道の釧路地検から、南は沖縄の那覇地検に勤務。 浦和地検、東京地検特捜部検事、内閣情報調査室調査官などを経て、福井地検検事正、そして最高検察庁検事を最後に退官。検察官時代は、脱税事件を中心に捜査畑一筋。 平成18年より、浦和公証センター公証人に任命。埼玉公証人会、関東公証人会の各会長を歴任。 相談者の想いを汲みとり、言葉には表れない想いや願いを公正証書に結実。 平成28年に公証人を退任し、青木幹治法律事務所を開設。 (一社)埼玉県相続サポートセンターの特別顧問にも就任。 座右の銘は「為せば成る」。