相続対策と相続税対策について(その3)
2025.6.1
今回は「相続対策」についてお話しします。
- 6 「相続対策」には、「分割対策」「節税対策」「納税対策」の三本柱があります。
- (1) 先ず最初に遺産分割の割振りを構想し、遺言書は「遺言公正証書」により遺産分割の紛争「争族」を可能な限り防止し、もちろん遺留分請求の排除はできませんが可能な限りそれを防止し、妻子の家族の絆を維持できるようにします。
- (2) 「相続対策」には、相続税法の改正を念頭に入れておく必要があります。
- (ア) 平成27年1月1日の相続税法改正で、基礎控除額の引下げ、未成年者控除・障害者控除の引上げ、相続税率の変更、小規模宅地等の評価が見直され、特に基礎控除額が【5,000万円+1,000万円×法定相続人数】から【3,000万円+600万円×法定相続人数】に60%縮減され、相続税の納税対象者が増加しました。
- (イ) 令和5年度税制改正(令和6年1月1日施行)で「相続時精算課税制度」に非課税枠110万円を創設し、「暦年贈与」は相続人への生前贈与の相続財産への加算対象期間が、相続開始前7年以内に拡大されたので注意を要します。
- (ウ) 節税対策として「贈与」の非課税枠の利用には、次の措置が考えられます。
- a) 「教育資金贈与の非課税措置」「都度贈与」など、また、みなし相続財産とされる生命保険の保険金受取人が死亡保険金のうち「500万円×法定相続人数」まで非課税措置の制度等、種々の手法を組み合わせた相続対策を検討します。
- b) また、養子縁組により法定相続人数を増やして基礎控除額を増加させ、生命保険金や死亡退職金の非課税枠【500万円×法定相続人の数】も拡大させられるが、養子による相続分の取得で揉めるおそれもあるので注意を要します。
- (3) 夫婦間の相続については、相続税を軽減する次の「配偶者控除」があります。
- (ア) 「配偶者の税額を軽減」する配偶者控除(課税価格の合計額×配偶者の法定相続分(1/2または1億6,000万円の多い金額)の特例を利用することができます。
- (イ) 但し、妻あるいは夫が遺産の多くを取得した場合にはその遺産を二次相続で子が相続し課税対象となるので、その事情も考慮し、全体としての相続税の節税を考慮した上で遺産取得の割合等、一次相続のあり方を決める必要があります。
- (4) 相続税対策として、税法上の夫婦間の「居住用財産の遺贈、贈与」の規定につき、重要な民法改正があったので見ておきます。
- (ア) 税法上、婚姻期間が20年以上の夫婦間で、自宅の不動産または自宅購入資金の贈与について、贈与税の基礎控除額年間110万円のほかに最高2,000万円まで控除できる(相続税法21の6)とされています。
- a) 居住用不動産の一部でも、家屋の敷地の借地権でも、又は居住用不動産を取得するための金銭でも良く、敷地のみの場合は受贈配偶者がその家屋を所有するか、受贈配偶者と同居する親族が居住用家屋を所有することを要する。
- b) 「特別受益者の相続分」について、共同相続人中に「遺贈、婚姻・養子縁組・生計の資本の贈与を受けた者」(特別受益者)は、相続財産の価額にその遺贈、贈与の価額を「持ち戻し」し、「相続財産とみなし」、「900条から902条(法定相続分、代襲相続分、遺言による相続分)までの規定により算定した相続分から,遺贈、贈与の価額を控除した残額を相続分とする。」と規定している(民法903条1項)。
- c) そこで民法改正前は、「上記(ア)」は「特別受益」として相続財産に「持ち戻し」されたので、残された配偶者の生活基盤は必ずしも確保されなかった。
- (イ) しかしながら令和元年、民法903条4項が新設され「婚姻期間が20年以上の夫婦間」で「一方の被相続人が他方に対し、その居住用の建物又はその敷地(自宅)を遺贈又は贈与をしたとき」は、「当該被相続人はその遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」とされた。
- a) 民法改正は「特別受益」の持戻しの原則(民903Ⅰ)に対し、被相続人と長年連れ添った配偶者の自宅の遺贈又は贈与に対し、「持戻し免除の意思表示の推定規定」(民903Ⅳ)を新設した。
- b) 「自宅」が遺産分割対象から外れるので、それ以外の相続財産に対して相続権を主張でき、他の相続人にその意思のない旨の主張・立証責任が転換された。
- c) 「持戻し免除の意思表示」は「遺言公正証書」に明記しておくとよい。
- (ア) 税法上、婚姻期間が20年以上の夫婦間で、自宅の不動産または自宅購入資金の贈与について、贈与税の基礎控除額年間110万円のほかに最高2,000万円まで控除できる(相続税法21の6)とされています。
- (5) 但し、他の相続人が「遺留分」を主張する場合は、免除されず原則加算されたが、平成30年に民法1044条3項が新設され,贈与が相続開始より10年前であれば加算されないことになりました(旧1030条が新1044条1項となり、2項・3項新設)。
- (ア) 「贈与は相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても同様とする。」(民1044Ⅰ)。
- (イ) 相続人に対する贈与については、第1項中「1年」とあるのは、「相続開始前の10年間にされた贈与」「価額」は「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る」とされた(同条3項)。
- a) 「生計の資本」とは居住用不動産の贈与、不動産取得のための金銭の贈与などで、贈与金額や贈与の趣旨などから判断される。
- b) 相続の場合は不動産取得税はかからず、登録免許税も固定資産税評価額×0.4%であるが、生前贈与の場合は不動産取得税は固定資産税評価額×3%で、登録免許税も固定資産税評価額×2%と高くなりデメリットとなる。
- c) なお、自宅を配偶者に相続させるか生前贈与するかは、相続財産額と「配偶者控除」「小規模宅地等の特例」の適用の有無や「遺留分」等を慎重に検討する必要がある。
- (ウ) 「分譲マンション」の相続、遺贈、贈与に対する評価方法は、新しい「居住用の区分所有財産の評価について(法令解釈通達)」(令和5年9月改正、令和6年1月1日施行)が適用され、実勢価格の60%水準に上昇したので注意を要する。
- a) 「財産評価基本通達」による相続税評価額が「市場価格」より高い場合は,評価乖離率を乗じ、市場価格に引き下げられるので、実勢価格が下落している場合は「通達」の評価額より引き下げが可能となる。
- b) マンション(一室の区分所有権等)の相続税評価額について(その3)「2(2)」で説明してある。マンション(一室の区分所有権等)の相続税評価額について(その3) | 最新・相続ジャーナル | 埼玉県相続サポートセンター
筆者紹介

特別顧問
弁護士 青木 幹治(青木幹治法律事務所) 元浦和公証センター公証人
- 経 歴
- 宮城県白石市の蔵王連峰の麓にて出生、現在は埼玉県蓮田に在住。 東京地検を中心に、北は北海道の釧路地検から、南は沖縄の那覇地検に勤務。 浦和地検、東京地検特捜部検事、内閣情報調査室調査官などを経て、福井地検検事正、そして最高検察庁検事を最後に退官。検察官時代は、脱税事件を中心に捜査畑一筋。 平成18年より、浦和公証センター公証人に任命。埼玉公証人会、関東公証人会の各会長を歴任。 相談者の想いを汲みとり、言葉には表れない想いや願いを公正証書に結実。 平成28年に公証人を退任し、青木幹治法律事務所を開設。 (一社)埼玉県相続サポートセンターの特別顧問にも就任。 座右の銘は「為せば成る」